社会改革者としてのオクタヴィア・ヒル
産業革命と植民地の拡大が進み、世界の1/4もの面積を支配していた19世紀の英国。
経済が大きく発展し、機械が増え、貿易も増え、「世界の工場」と呼ばれるまでに豊かな国へと発展・成長の真っただ中の時代。
まさに栄華を極めていた英国ですが、経済の発展と同時に貧富の差も広がり、「貧しさ」という大きな影もまたつくり出してしまいます。
働いても、働いても、食べるのにも精一杯、という貧しさにあえぐ人々に手を差し伸べ、人間の本来の幸せを求めて自然環境の保護を訴えた一人の女性。
それがナショナルトラスト創設者の一人として知られるオクタヴィアヒルです。
社会改革家として生涯に渡り様々な活動を手掛けた彼女の思いとはなんだったのか。
その生い立ちと活動について探っていきましょう。
産業革命の影を知った幼少時代
医者である祖父のもとで過ごした幼少時代
オクタヴィアヒルが生まれたのは19世紀半ばの1838年。
1837年にヴィクトリア女王が王位に立ちヴィクトリア朝が始まった、ちょうどその頃のことです。
オクタヴィアの父は実業家、母は教師をしていましたが、父の仕事が立ち行かなくなりオクタヴィアは母方の祖父のもとで幼少期を過ごすこととなります。
オクタヴィアの祖父は牧師から医学の道へと進み貧困層の人々のために医者として働いていた人です。
そんな医学界の中で、当時大きな問題となっていたのが感染症の流行。
特に猛威を奮ったのが日本でも江戸時代に大流行して「死に至らしめる妖怪、コロリ」と恐れられたコレラです。
コレラはコレラ菌がいる水を飲むことによって感染する病気。
つまり衛生環境の悪さによって蔓延してしまいます。
産業革命によって都市部に人が増え、労働者がひしめきあうロンドンの街はとてもじゃないですが美しいとは言い難い街でした。
貧困層の医者として働くオクタヴィアの祖父の元にはそんな不衛生な環境ゆえ病にかかる患者が毎日のように助けを求めに来ていました。
当時の英国は上流階級・中流階級・労働者階級と身分に差があったのですが、違う階級の人との交流をする事はほとんどありません。
オクタヴィアはその中の中流家庭。
つまり貴族とはいかないまでも裕福な家に生まれ、食べ物も着る物も、住むところも全てが不自由ない環境で育ちました。
その環境が全てだった彼女にとって、祖父の患者達との出会いはショッキングなものだったでしょう。
「病気になるような環境で暮らしている人達がいる。」
それは彼女が貧困層に目を向けていくきっかけになります。
貧しい子供たちの自立を助ける

さらに、少し成長して少女になったオクタヴィアは母親の元で貧しい女の子達に仕事を教える手伝いをするようになりました。
幼い子供たちに自立して生きていけるように仕事を教え、食事を準備し、字を教える中で、彼女は本当の意味で貧しい人々の暮らしを理解していきました。
オクタヴィアは両親や周りの人々の影響もあり熱心なクリスチャンとして育ちます。
キリスト教の「博愛」の精神が深く根付いていた彼女にとって、子どもの頃に見た当時の社会はどのように映ったのでしょうか。
産業革命時の社会は「富むのも貧しいのも自分次第。」というような極端な資本主義的考えによって貧富の差が拡大。
労働者階級の人々は、男性はもとより、女性、そして幼い子供たちまで長時間の労働をしなければ生きていくことができません。
一つの部屋に何人も押し込まれて暮らす人々。病気にかかってしまうほど汚れきった街。働きづめでも生活に困窮する暮らしぶり・・・。
祖父と母の下で見た社会の影は、彼女の人生を大きく決定づけることになります。
「この人達の助けになりたい。」
「この社会を少しでも良くしたい。」
この熱い思いが社会改革家としてオクタヴィアを動かす信念となっていくのです。
【排泄物は垂れ流し!貧しい人たちの住居環境の整備】
社会改革家のオクタヴィアヒルが最初に手掛けた活動、
それは貧しい人たちの住居環境の整備でした。
産業革命の影響で都市部に人が集まると、ロンドンの街は労働者達で溢れかえります。
その中でも特に貧しい人々、失業者達が住む地域は「スラム」、つまり貧民街と呼ばれるようになりました。
狭い部屋に十数人が暮らし、排泄物などは処理しきれず垂れ流され、お風呂などもきちんと入れないので衛生環境は最悪…。
オクタヴィアはこのスラムの人々のために住居を準備し、衛生環境を整える活動を始めました。
清潔な住居、手入れされた庭を整え、住む人々一人一人と信頼関係を結び、困ったときには手を差し伸べ、時には仕事のあっせんをしました。
最初は恩師からの手助けを受け、3件の家を管理するところから始まったこの活動は、どんどんと投資家を集め多くの住居の管理まで発展するようになります。
オクタヴィアのこの活動はなぜここまで成功したのでしょうか。
大きく見るとそれは「労働者の自立のサポート」にこだわった事、そして彼女がこの活動を「ビジネス」として成り立たせた事が大きなポイントだったと言えるでしょう。
当時、中流階級の人々が貧しい人々のために施しをするのはたいして珍しいことではありませんでした。
施さないオクタヴィアのスタイル
ですが、オクタヴィアは一方的な「施し」ではなく、あくまで住民たちの「自立のためのサポート」のために活動しました。
事実、住居を提供した人々からは家賃を受け取っていましたし、お金や食べ物の提供は一切していません。
彼女の目に彼らは「貧困者達」という抽象的なものではなく「一人の人間」として映っていたのでしょう。
人としての尊厳を傷つけないように、施しをするのではなく友愛をもって自立のためのサポートを行うことで、結果多くの人々の生活を改善することとなりました。
また貧困層に提供する住居はほとんどが投資家たちからの「投資」でした。
つまり、住民から受け取った家賃の中から、投資家たちに利益を還元することで彼女はこの活動をビジネスとして成り立たせていたのです。
これにより投資家は尽きることなくオクタヴィアの活動は大きな広がりを持っていきました。
貧困層の暮らしと自然の関係。オープンスペース運動とナショナルトラスト

ーhttps://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=203743(帰属情報)
産業革命の影響として、貧困者達の生活をあげましたが、経済の発展がもたらす影は人々の生活だけにとどまりません。
工場から出される煤やスモッグで空は真っ黒に覆われ、豊かだった自然からは木が伐採され、田園は工場へと変化していっていました。
オクタヴィアが住むロンドンの街も都市化によって汚れていくなかで、彼女は人々が自由に自然と触れ合える場所(オープンスペース)の確保が必要だと切実に感じはじめます。
オクタヴィアは昔芸術を専攻しており、その時の恩師の影響もうけて、自然環境や伝統的なものを愛していました。
のどかな田園や緑あふれる森林。
自然の中で過ごす時間は人々の心と体の健康に絶対に必要不可欠だ、という熱い思いがオープンスペース運動の原動力になります。
彼女が管理していた住居の一角に小さな子どもの遊び場を作る、このぐらいならオクタヴィア一人でも可能だったのです。
ですが彼女の人々への博愛の精神と自然を愛する情熱は小さなスペースでとどまらず、より広い土地へと目線を向けていくことになります。
彼女が闘う相手は当時の「社会の意識」でした。当時の英国社会にとって、自然は「資源を得るための場所」つまり開発の対象でしかありません。
当時公園や遊歩道、自然の遊び場などに対する理解はあまりなく、さらに開発を進めるための有利な法令もあり、自然環境の場を守ろうという主張はあまりにも弱いものでした。
英国の議会に訴えかけることは勿論、人々にも自然環境の価値を伝え、世論を動かしていくことが必要だったのです。
コモンズ協会(共有地保護協会)
オクタヴィアは活動を展開するに当たって志を同じくする人々の団体に加わり、オープンスペースの保護や設置に向けて動き始めます。
「コモンズ協会(共有地保護協会)」と呼ばれるこの団体は自治体などにオープンスペースを買い上げ、保護してもらえるよう働きかけるため、多くの啓もう活動を行いました。
この「コモンズ協会」こそ、英国史上最初の自然環境保護団体であり、彼らの働きかけで実際に多くのオープンスペースの保護に成功します。
これが前身となり、オクタヴィアは仲間たちと更なる自然保護に向けてナショナルトラストを創設する決意をしました。
ナショナルトラストは人々から基金を募り「自分たちで」土地を買い上げ保護するための団体です。
彼らは自治体などへの働きかけだけでは保護しきれない多くの土地を、多くの人々の協力を得て保存することに成功します。
オクタヴィアヒルの信念が仲間を呼び、共感を呼んで、今日の世界的活動の礎を作ることとなったのです。
まとめ
一生涯の中で多くの社会改革を行ったオクタヴィアヒルの信念とはなんだったのでしょうか。
一見、つながりのないような様々な活動の中で彼女が常に見ていたものは「人々の幸せ」でした。
「貧しい労働者を独りの人間として尊重する。」
「物質的な豊かさだけでなく自然と共に暮らす心の豊かさを守る。」
そんな彼女の考えは今日ならともかく、産業革命当時、経済発展の真っただ中だった英国では受け入れられない主張だったことでしょう。
その当時の風向きに負けることなく信念を貫き通した彼女だったからこそ、人々の輪が生まれ、後世へと続く大きな活動へと展開していったのではないでしょうか。
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