たった3人で何ができる!!
ナショナル・トラスト活動とは 山、森、湿原、草原、雑木林などの自然環境 邸宅や遺跡など歴史的建造物これらを買い取って保護・保全することで、後世に引き継いでいくための活動です。「メガソーラーや大規模風力発電計画[…]
1895年、英国ではじまった「ナショナル・トラスト」活動。
今では世界的に自然保護や歴史的建造物の保護活動として行われていますが、この団体を作り活動を始めたのはたった3人の民間人でした。
当時は参政権すらなかった女性であり、社会改革者として知られるオクタヴィア・ヒル。
弁護士のロバート・ハンター。
そして牧師のハードウィック・ローンズリー。
19世紀大きな権力を持っていた貴族や政治家ではない彼らがどのようにして団体を立ち上げ、
運動を広げていったのか、その歴史を探ってみましょう。
※英国の女性参政権の実現は1918年
(参考:BBC NEWS/ 英女性参政権100年 当時のポスターが描く女性たちの怒り)
【ナショナル・トラスト誕生前夜】
Octavia Hill~夢見ル乙女《メリー・ドリーマー》
スタートアップメンバーの代表格。
英国ではナイチンゲールと同じくらい有名な人物。
そんなオクタヴィア・ヒルはロンドンの環境問題を解決するためにこの団体の立ち上げを決意しました。
では、当時起こっていた環境問題とは一体何だったのでしょうか。
人口爆発!!!!!!!!!!!!!
産業革命は急激な人口増加をもたらしていた!~『産業革命 (世界史リブレット)』長谷川 貴彦氏(2012)
によれば、1700年のロンドンの人口は58万人。
その後200年の時間が流れ、1900年には約648万人にも膨れ上がったそうです。
彼女が生まれたのは1838年。
当時英国では産業革命の影響で農村部から都市部への大移動が始まり、都市部の人口爆発が起こっていました。
大都市ロンドンは工場の周りに労働階級の人々がひしめき合い、住居も十分にない中で一つの部屋に多くの人数が詰め込まれることを与儀なくされます。
生まれてくる問題「廃棄物のなかで育つ子供たち」
子どもも大人も産業と労働にのみこまれたロンドン。
仕事を求めて田舎からでてきた農夫を含め、さまざまな思惑で故郷を後にしてきた人も含め、
みんな人間です。
生き物なのでご飯を食べて、ウンチをします。
下水道は生活排水や排泄物を処理しきれず溢れかえり、工場や食肉の加工場からの廃棄物が垂れ流されることによって、汚い環境での生活を強いられていました。
コレラがこわい
そんな環境で発生してしまったのが結核やチフス、そしてコレラといった伝染病。
1831年に発生したコレラは大量の死者を出してしまいます。
オクタヴィア・ヒルは中流階級のある程度裕福な家庭に生まれたのですが、母方の祖父が医師をしていたことにより、
そういった劣悪な衛生環境で暮らす労働者たちの貧困に苦しむ姿を目の当たりにしながら育ったのです。
わたくし、貴族ざんす
ヴィクトリア朝の社会では人々は3つの階級に分けられていました。
- 貴族などの上流階級・資産家
- 医師・弁護士などの専門職につく中流階級
- 人口の3/4ほどを占める労働階級
ヴィクトリア朝初期貧しい人たちに対しての福祉意識はかなり低く「富むも貧するも自己責任」という考えがかなり強くありました。
まず9 歳の子供が朝 6 時から午後 4 時までレンガ工場で重労働をしていたのです。
スタジオジブリの「天空の城ラピュタ」のパズー君は、この時代の炭鉱で働く子どもたちがモデルになっているかもしれません。
もちろん選挙権が徐々に労働階級に広がる中で労働環境の改善などの労働階級への意識は少しずつ向けられていきます。
またコレラの原因が劣悪な衛生環境と判明してからは生活衛生面の法律が制定されるなど、衛生面もすこしずつ変化していきました。
しかしながら、経済発展を優先する社会は貧しい人々への福祉や自然環境に対して革新的な改革はできず、これらの活動は民間、特に中流階級の人々による「自発的な」活動に委ねられてきたのです。
まずは人のため
社会改革者として知られるオクタヴィアの最初の大きな活動はロンドンに生まれたスラム地域の改善や貧困者たちの住居の管理でした。
劣悪な衛生環境で暮らさざるを得なかった貧困層の人々のために、建物を調達し、環境を整え、ボランティア達を通して彼らの更生の手助けをしました。
中流階級の人々のボランティア的な活動はこのころ盛んに起こっていましたが、彼女は一方的に物資や食料の「施し」をするのではなく、
貧困層の人々が自立してより良い生活をするための環境整備をしたのです。
住居の管理において大きな成果を挙げたオクタヴィアですが、彼女の関心はそこだけにとどまりませんでした。
貧困層の人たちが自立できるように工夫したエピソードは「E・モバリー ベル (著)英国住宅物語―ナショナルトラストの創始者オクタヴィア・ヒル伝 」に詳しく書かれています。
詩的な言い回しが多くて目が滑りますが、オクタヴィア・ヒルの行動と機転の速さを感じられる逸話を知ることができます。
「人のため」の次は何だ!?
より良い生活環境を整えるためにも、ロンドンの中の自然環境、つまり公園や人々が憩うことのできる公共のスペース(オープンスペース)の確保へと向かっていきます。
当時、経済の発展のために止まることのなかった開発は多くの自然や美しい森、湖、歴史的な建造物までも、破壊し資源として利用しようとしていました。
すでにたくさんの自然が開発の犠牲になり、さらに自然を顧みることのない工場や生活からの汚染でロンドンの街は汚れきっていたのです。
そうした時代の必然に背中を押されオクタヴィア・ヒルはナショナル・トラスト創設という次の一幕へ歩んでいったのでしょう。
Robert Hunter~黄昏に消えゆく魂《 イエローソウル》
オクタヴィア・ヒルとロバート・ハンターの出会いは、人々の為のオープンスペースを確保するための運動でした。
ロバートは弁護士として、ロンドンのオープンスペースの確保の為にオクタヴィアのアドバイザーを務めていたのです。
そんな彼が専属弁護士となりオクタヴィアも加入して作られたのが「共有地保護協会」。
コモンズ協会とも言われるこの協会は全国的組織を伴う最初の自然保護団体として1865年に発足しました。
ハムステッドヒースの開発を阻止し自然環境として保護するなど、多くの功績を残しています。
ですが、この団体には法人の資格を持たず土地の所有権を持つことはできませんでした。
たくさんの活動をして多くの功績も残しましたが、その権利の弱さゆえに守り切れないものもたくさんあったのです。
自然環境の保護、歴史的建造物の保護として更に多くの土地を守るため、彼らはナショナル・トラストの創設へと向かっていくことになります。
Hardwicke Rawnsley~霊魂増幅器《レイフェル》

ハードウィック・ローンズリーは長年、湖水地方の保護活動に携わってきた人物です。
英国国教会の牧師としてロンドンの貧しい人々のために熱心に活動していた彼が、湖水地方の牧師として赴任されたのは1878年。
その自然の美しさに心打たれ、そこから湖水地方の保護活動に熱心に取り組むようになります。
彼が大きく影響を与えた人物として「ピーター・ラビット」の作者であるビアトリクス・ポターがあげられます。
当時まだ少女だったビアトリクスはバカンスを過ごすため、家族と共に湖水地方を訪れました。
家族ぐるみで交流し自然保護の重要さをローンズリーから説かれた彼女は後にウィンダミア湖、エスウェイト湖、コニストン湖周辺の土地、
およそ東京ドーム366個分の面積の湖水地域を印税で購入しナショナル・トラストに寄贈しました。
ローンズリー自身はその後の人生のほとんどを湖水地方で暮らし、「湖水地方保護協会」を作って鉄道など様々な開発から美しい自然を保護することに尽力し、
彼の活動は多くの人々に湖水地方や自然環境を保護する重要性を知らしめることとなりました。
そして1895年更なる自然保護を求めて、彼も旧知の仲であったオクタヴィア・ヒルらと共にナショナル・トラストの創設に携わっていきます。
※親しみやすいように厨二病ネームメーカーで作成した二つ名をつけさせていただきました。
社会を大転換させた産業革命
18世紀の後半から始まった英国の大発展、「産業革命」といえば誰もが一度は聞いたことがありますよね。
技術や科学が大幅に進んだこの時代に英国は世界のどこよりも速く工業やインフラを開発していきました。
1825年にはジョージ・スティンブンソンが鉄道機関車の運行を成功させ、農業中心だった産業は工業中心に。
これまで人の手によって作られてきた物が産業の発展によりどんどんと機械化していきます。
19世紀から20世紀にかけて英国の産業発展は瞬く間に進み「世界の工場」と呼ばれるまでになったのです。
1853年にペリーの黒船が来航。
明治維新という結果的に無血革命となった事件の序章ですね。
産業革命前、英国民のほとんどの人が仕事としていた農業も、発達していくにつれ各々が耕していた小さな土地が地主によって纏めて耕されるようになりました。
人手が少なくとも生産量をあげられる、いわゆる「効率化」が進んだのです。それによって加速したのが人々の都市部への移動。
工業の発展で労働力を都市部が求めていたこともあり、都市部の人口は急激に多くなっていきました。
19世紀初頭には人口の8割が農村部に住んでいたのが19世紀後半になるとなんと2/3の人が都市部へと済むように。
医療の発展で赤ちゃんの死亡率などが下がっていたこともあり、総人口自体も増加。
英国の産業発展をささえる「労働力」は都市部への移民から始まり、女性や子どもにまで大きく膨らんでいったのです。
この爆発的な産業の発展によって引き起こされた様々な変化がナショナル・トラスト運動を起こす大きな要因となっていきます。
日の出と一緒に目が覚めて仕事をして、お日様が沈んだらお休み。
自分たちのペースで仕事・生活をしていた人たちが、
いきなり立ちっぱなしの工場労働をするのです。
朝何時~何時と決められた時間で仕事をする。
その戸惑いたるや、想像が及ばないほどの環境変化だったと思います。
ヴィクトリア朝でうまれた「日の沈まない国、大英帝国」
産業革命により経済やインフラが成長した19世紀、英国は大英帝国として最盛期を迎えます。
植民地の拡大を進め、世界の中で最も大きな領土を治めていたこの時代は当時の君主の名前を取り「ヴィクトリア朝」と名付けられました。
そう、1837年英国が誇るヴィクトリア女王が王位に即位したのです。
彼女が治めた英国の治世はまさに「日の沈まない」強い大英帝国でした。
産業発展はもちろん、インドをはじめとする植民地支配を進め、一時は世界の1/4の面積の領土と人口を支配していたといわれています。

領土拡大に伴い戦争も絶えず起こりました。
有名なのは1853年~1856年に起きたクリミア戦争。
あのナイチンゲールが「白衣の天使」として活躍した戦いです。
ヴィクトリア朝において戦争がなかったのはたった2年だったと言われるほど、領土の維持と拡大にまい進した時代でした。
これだけ聞くと、かなり激しく苛烈な時代のように聞こえます。ですがヴィクトリア朝では議会政治が良く動き、経済も発展しています。
またナイチンゲールなどから始まった公衆衛生の改善や労働環境の改善、人々の自発的な社会改革によって、社会的にも大きく成長した時代ともいえるのです。
このころは経済の発展に伴い文化もまた豊かな時代でした。
「威風堂々」などで知られるエドワード・エルガーは英国の作曲家として19世紀後半に活躍。
絵画でもウィリアム・ターナーなどがこの時代の英国画家として有名です。
文学界ではエミリー・ブロンテの「嵐が丘」などは、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
エルガーもターナーもそうですが、19世紀に入りこれまでの合理主義的な思考から感受性を大切にするロマン主義が芸術に大きな影響をもたらしました。
ロマン派といえば、同時期のヨーロッパでは「子犬のワルツ」や「革命」「別れの曲」などを作曲し、今もその名前が国際的コンクールとして残るフレデリック・ショパン。
「愛の夢」「ラ・カンパネラ」で有名なピアノの魔術師、フランツ・リストなどのロマン派を代表する作曲家が活躍したのが19世紀初期~中期頃。
こういった芸術の変化から人々の価値観の変化をかんじることができます。
産業革命当初これまで利用すべき資源としてしか見ていなかった自然を保護や慈しみの対象として価値視し始めたのもロマン主義の影響ともいえるでしょう。
美術とナショナル・トラストの時代
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【まとめ】
産業革命が起こり大発展した19世紀の英国。
華々しいこの歴史は同時に労働階級の貧困や、産業活動のために犠牲にされた環境破壊などの多くの影をもたらしました。
この社会変革に立ち上がったのは時代の権力者ではなく、社会起業家・弁護士・牧師という3名の民間活動家たち。
彼らは貧困層に手を差し伸べると同時に犠牲になっていく美しい森林や湖、歴史的な建築物にいち早く気付き手を差し伸べるため立ち上がったのです。
一度失われると取り戻すことができない美しい土地。
19世紀にはじまった彼らの歩みは今現在、全世界中でナショナル・トラスト活動として多くの人々の手で受け継がれ続けています。
ナショナル・トラスト活動とは 山、森、湿原、草原、雑木林などの自然環境 邸宅や遺跡など歴史的建造物これらを買い取って保護・保全することで、後世に引き継いでいくための活動です。「メガソーラーや大規模風力発電計画[…]
※団体概要などは各団体のHPを参考にしております。2021年6月現在の情報です。」データをダウンロード(xlsx32.3kb)[sitecard subtitle=関連記事 url=https://shimanto-[…]
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